13年後の1.17

「世界中の人々に伝えたい 1・17宣言」

 震災から13年が経った
 私たちは多くの人たちに 震災の教訓を知ってもらいたいと願ってきた
 しかも 世界の地震国の人々に早く伝えたかった
 阪神・淡路大震災の教訓が 被害の軽減に役立ってほしいから
 阪神・淡路大震災は 野島断層が起こした地震
 しかし わかっている活断層だけが地震を起こすのではない
 能登半島地震も新潟県中越沖地震も起こるまでわからなかった
 活断層は どこにでもあると思わなければならない
 地震が起こると今も多くの人たちが被災する
 とくに高齢被災者が多くを占め すまいの再建も難渋する
 被災地の復興にもっと力をそそがなければならない
 私たちは地球激動時代に生きている
 地震がいつ どこで起きても 被害が大きくならないようにしたい
 それには震災の教訓を生かし それを災害文化に育てたい
 誰でも地震に遭遇する
 被害に遭わないように普段の生活の知恵を活用しよう
 それを自分から 家庭から そして地域から発信したい
 伝えよう もっと伝えよう阪神・淡路大震災の教訓を
 活かそう もっと活かそう阪神・淡路大震災の教訓を
 震災の教訓は 私たちの貴重な財産なのだから

 2008年1月17日 ひょうご安全の日推進県民会議
 
 ひょうご安全の日 公式サイト
 http://www.19950117hyogo.jp/index.htm


f0001378_22482253.jpg


f0001378_22484381.jpg


f0001378_2249263.jpg


f0001378_22491773.jpg


f0001378_22493319.jpg


あの時の驚き、慄きは忘れません。
体が覚えてるたび重なる余震、周囲の叫び声、崩れ落ちた家の前で呆然とたたずむ人達を。
あれから13年。
少しずつ忘れていく記憶を留める為に、今年も祈ります。
6434人の命の輝き、遺された家族の乗り越えるまでの生きる力とともに。
人の強さ、逞しさ、優しさ、温かさを忘れません。

そして今、命の儚さを感じています。
それでも私たちは、明日を生きるのです。
生き抜くことが生きる意味だと思うから。


震災で犠牲になったひとりの女の子への思いが託された「はるかのひまわり」に寄せて、遠く秋田の小学生から送られた『ひまわりの種』。

「大きくてりっぱな花を さかせてください」

「むねをはって のびのび太陽にのびていく花を さかせて下さい」
[PR]
Commented by shoichi at 2008-01-17 22:07 x
今日で13年か。今でも、あの日の朝のTVで見た光景は忘れられない。あそこでどれだけの悲劇が起こったのか...。当時、あの場所に居なかった者には、あの恐怖と惨状の本当の姿は理解できないと思うし、死生観を変えるほどの体験と思いがどんなものだったか想像するしかないけど。

あらためて、亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、被害に遭われた方々の力強い再建への意志と勇気に敬意を表します。
Commented by tetsu at 2008-01-18 11:26 x
震災から2ヶ月半後、神戸の街を歩いた。瓦礫の山があちこちに残り、ブルーシートを被った家が並んでいた。
三宮の地下の食堂で、レジに座ったおばあさんの腕は包帯で吊るされていた。

訪ねる前から、ここでは一枚の映像も撮らないと心に決めていた。笑いながら被災地で写真を撮る観光客を横目に見ながら、自分の目と頭にしっかりと光景を焼きつけた。

いま改めて、亡くなった6400余の人々の掛け替えのない命に哀悼の意を表します。
Commented by gogolotta at 2008-01-22 21:54
☆shoお父さん、tetsuにぃ
県外の方でも、皆さんそれぞれに思うことがたくさんあるんですね。
少しほっとしました。
by gogolotta | 2008-01-17 13:02 | ひとりごと | Comments(3)

つれづれに日々のことなど。たま~にですが。


by gogolotta
プロフィールを見る